蒲公英拉麺YAMATOレポート[1/3]

蒲公英拉麺YAMATO 店主:山本利明

店主紹介

蒲公英拉麺YAMATO(たんぽぽラーメン やまと)

山本 利明
やまもと としあき

1980年生まれ 富山県氷見市出身
高校卒業後、進学のため富山から上京、卒業後服飾関連の会社に就職し2年間フランスでの生活も経験。
フルサットのオープンをきっかけにラーメン店の店主として挑戦を始める。

富山県出身、フランス在住経験をもつ、上越のラーメン店主

フルサットオープンから約1か月の2016年7月某日朝5:30。蒲公英拉麺YAMATO(たんぽぽらーめん やまと)の店主である山本は、まだ誰もいないフルサットで仕込みを始める。前日は夜8時半の閉店を1時間延長。後片付けや売上の管理、当日のお客様の様子などを振り返りながら、店を後にしたのは日が変わるすこし前だったという。

【フルサット】蒲公英拉麺YAMATO(仕込み中)

早朝、誰もいないフルサットで、仕込みを行う

「おかげ様で、連日多くのお客様においでいただけるようになりました。閉店後、また水曜の定休日にもおいでいただけているとのことで、そのようなお客様には大変申し訳なく思っています。一方で、お店を開けているときは、せっかくおいでいただいたお客様に『もうお店閉めますので』とはとてもいえません。スープがあるのなら、体力が続くかぎりは頑張りますよ」と山本。フルサットのスタートアップメンバーで最も若手の山本は謙虚だが、熱い。

フランスに2年住んでいた

山本の経歴は変わっている。フルサットオープン(2016年6月)時点でラーメンを作るプロとして8か月なのだという。

「実は生まれの富山から進学で東京にでて、最初は会社員をやってたんです。アパレルの仕事でフランスにも2年住んでいました。」

【フルサット】蒲公英拉麺YAMATO(店主学生時代)

20代前半の2年間、フランスに住んでいた(写真は本人所有のもの)

特に父に「後を継げ」と言われたわけではない。ただ、妻とは「いつかはやろうね」と話していたとか。そんな中、上越妙高駅前にフルサットができることを知る。「『いつか』のいつかは決めていなかった。でも、フルサット代表の平原さんの熱い思いが、私もやろうと思わせてくれたんです」。そこから修行が始まった。

山本は本店を営む父からラーメンづくり以外に、2つのことを学んだという。ひとつは「お客様との信頼があっての私たち」であること、もうひとつは「相反するように聞こえるかもしれませんが・・・」と断った上で「自分が美味いと思ったものに自信を持って出すこと、そのときはむしろお客様の反応を気にしない」というもの。結果として反省はあっても、自分が商品として出す段階で「妥協や迷いがあってはならない」ということなのだとか。

わずかな期間で徹底的に山本を「仕込んで」くれた父は今、本店を営みながら「自信を持ってやれ」と山本を後押してくれているそうだ。

(つづく)

Follow me!